
ド田舎に住んでいたにもかかわらず、私は幼稚園の頃からピアノを習っていた。
特に音楽に詳しいわけでもない親の元で、なぜピアノを習い始めたか。それはもう、母の憧れからの洗脳が9割だと思う。
最初の先生は厳しかった。ピアノ教室の帰り道、泣きながら帰ったことも何度もある。
「なんで練習してきてないの!」
ピアノのレッスンが楽しいという記憶はほぼない。
ある時、ピアノの先生に赤ちゃんが産まれた。
いつも通りピアノ教室という名の、先生の家の玄関でピンポーンとインターホンを鳴らすと、
「赤ちゃんが起きちゃうじゃない!」と怒られた。
それから引越しを繰り返してきた私は、住む場所が変わるたびにピアノの先生も変わった。
毎回美味しい紅茶とお菓子を出してくれる若くてかわいい先生や、レッスンの時間なのにごはん作りばかりしていて生徒を放置する先生、大遅刻してきて15分滞在後、そそくさと帰る先生。
(ここまで書いてきて、私がピアノへのやる気を失った要因はこの先生がたにあるような気がしてきた・・・。)
ピアノへの情熱はかなり早い頃に失われていたと思う。
しかし、30年前の日本の教育は、とにかく一度始めたことを簡単にはやめさせてくれなかった。
辞めるにはそれなりの理由が必要だった。
ただ前述のように、特に私のピアノ人生の後半はあまり熱心ではない先生が続いたこともあり、中学に入って、やっとピアノを辞められることになった。
辞めるとなるともったいない気がしてくる。
なにもしてこなかった人よりは、ピアノが弾ける。
あんなに練習が嫌いだったのに、学校で久々にピアノを触るとなぜだか楽しい。
しかし、たまにしか触らない状態が続けば、どんどん忘れていくのが人間。
社会人になった頃にはもう、”ねこふんじゃった”のレベルに逆戻り。
そんな私とピアノとの再会は、6歳の娘の「ピアノが欲しい!」という一言から、突如実現したのであった。
うちはマンションだから本物のピアノは置けない。これからも引っ越す可能性がある。
だけど、娘の「やりたい」という気持ちは尊重したかった。
いや、それも言い訳かもしれない。
10年も習っておきながらピアノに挫折した私こそが、ピアノが欲しかったのかもしれない。
サンタさんに「ホンモノのピアノをください」と手紙を書く娘を見ながら嬉しくなっている自分がいる。
クリスマスの日。
ピアノはちゃんとクリスマスツリーの下に置かれていた。
果たして、我が家はピアノのある暮らしを楽しめるのか。
続く・・・


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